台風に関する記憶として

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子どものころは、台風がくると親たちがいろいろと慌て蓋向いていたことを思いだします。庭の様子をつぶさに確認してみたり、しきりにテレビのニュースにかじりついてみたりと・・。
だいたい毎年くるものだから、きっとコースも似通っていることがあるし、雨の塊としてはどうやったらきれいに普通の雨雲になってくれるかなどを考えもしなかったのだろうかと・・。
雨に風がまじるのだからそれは相当目の周りのものなどをかき回す感じになってしまうということです。庭のきゅうりの葉っぱも風に飛ばされることが多いし、葉っぱをもっていかれるとかぼちゃなどもそれ以上に成長しなくなってしまいます。
どこ、だったか強化ガラスでできたハウスに野菜がつくって有りましたが、毎年の天気のことを考えるとあたりまえだとは思います。しかし農家にとってはビニースハウスだけでも相当費用がかかるみたいです。
台風は食べれるクリームみたいなもので、からだに吸収できるものであればいいですよね。だからこころもち、台風が発生してちかずいてきたら、その方向へと買い物に出かけたりしてみるという「ぼっけもん」。するとどうでしょう。あれだけかたまっていた雲のまとまりが、自然と薄くなっていくのに気がついてきます。おまじないもここまできたら本物かな?

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